ただいま冬眠中

こ、こんなはずでは

中学生の頃に想像していた未来とはだいぶ逸れたところに着地している。別に人生設計がどうとかそういう話じゃない。自分がふつーの社会生活に向いていないことは中学生よりもっと前から自覚していたし、居場所のなさや周囲の無理解に苦しんだのもそのころからだから、今の立ち位置はなんとなく予感していた。

問題なのは、お話が読めなくなったんじゃないかということだ。いや、もちろんこれは解いてしまえば簡単なイリュージョンで、自分の力のなさを客観視できるようになって非力さを呪う、大人になる過程で誰もが経験するアレなんじゃないの、君はそれが遅かっただけなんじゃないの、と思わなくもないが、それで片づけてしまっては書くことがなくなる。自己憐憫がブログを輝かせる。

新しいものをみるのがつらい。誰の感想も確認せずに感想を言うことが怖い。見落としはないか。何を――それすらマトモに”言語化”することができない。創作者としての死が迫る。創作のことを神聖視していないのもまずい。別に創作なんて大したものじゃないでしょ、と思いながら創作だけにしがみついて生きている。この自己矛盾を頭の中で繰り返して、何も行動しないことを逃避と呼ぶ。

ここになって初めて、(逃避として)勉強がしたい。中学生の頃の自分が抱いていた「大人になるころには己はもっと賢くなっているはずだ」という期待、その時は確かに存在していた可能性に報いたい気持ちがようやく芽生えた。利用できるものをできるだけ利用して、逃げれるところからは徹底的に逃げつつ、なにかをものにしたい。

この日記を読むのは私が厳選した剛毅なフォロワーばかりだろうから、「頑張りましょう!」とか「あなたは頑張ってますよ!」とかそういった励ましは一切期待できない。やめるならやめろ、書くなら書け、死ぬならとっとと死んでしまえと、まあさすがにそこまでは思っていないだろうけど(本当に?)、近しいことは思ってるんじゃなかろうか。

ここまで読まれました皆様におかれましては、なんでも途中で投げ出し、何かに報いるということをせず、すぐに人を裏切るわたくしめに、励ましの「やれ」をよろしくお願いいたします。